帰らなくていいという「お墨付き」と、後ろめたさのあいだ

もう何年も実家に帰っていない。母や犬には会いたいが、父に合うのは今の僕にとっては危険すぎる。トラウマの課題が自覚できるレベルで顕在化してきてからは、毎年夏と冬に律儀に行っていた帰省も途絶えた。

生家に行き、そこにいる「家族」に会うというのは、僕にとって大切なことだった。どれだけ危険をはらんだ場所であったとしても、かつての自分にはそれしか自己を同定する基準点がなかったから。

だから一年通して地元に帰らないというのは、僕にとってひとつの罪だった。しかし帰れば父がいる。大きなリスクがそこにある。だから帰れない。そういう葛藤を持ちながら、漫然と日々は流れていった。

そこにCOVID-19があらわれた。
帰省だのと、そもそも言えない、できない状況が生まれてしまった。多くの人が会いたい人に会いに行けない状態になった。それは憂うべきことだ。それ自体は。

しかし誤解を恐れず、言葉を選ばずに言えば、僕にとっては僥倖だったのだ。「帰らなければと思うが帰っていない」という後ろめたさに、感染症が正当な理由を与えた。年末年始につまらないTV番組を洗脳されたように見させられる時間。父がいつ何を言い出すか怯え続ける時間。感染症の蔓延による社会状況の変化は、僕をそれらから解放した。

僕は家に帰れない。危険だから帰れない。でも帰らなくてよくなった。それでほっとした。会わないという選択に社会がお墨付きをくれた。「家族が大事なら、会うな」と。ああ、そうだ。「僕は家族が大事なんだ。だから『帰らなくていい』んだ」と。

それに安堵する自分がいる。同時に安堵することに大きな後ろめたさを感じる自分とがいる。

僕の中に眠る傷だらけの子どもは、お母さんに会いたがっている。おばあちゃんに会いたがっている。そしてもしかしたら、お父さんにも会いたがっているかもしれない。

でも僕は「彼」を説き伏せる。「会いたいなら、今は会わないでいよう」。「彼」はそれで納得してくれた。妻と(そして今年は娘と)過ごす正月がこんなに穏やかに感じるのは、その証左なのだろう。

僕には確信がある。僕と同じように感じている人は必ずいるはずだと。帰らなきゃいけない。でも本当は帰りたくない。そして「帰らなくてよくなった」人。

これを恩恵などと言うつもりは毛頭ない。現に「これ」は災害だ。しかし強制的な物理的分断に救われた僕がいる。関わりの地獄から開放された自分がいる。

だからもし、同じ境遇や気持ちでいる人にはこう言いたい。
あなたがほっとするのは決しておかしなことじゃない、と。