心の病のある家庭。僕らは何を見て何を感じてきたか

心の病のある家庭。僕らは何を見て何を感じてきたか

今年の4月6日、NHKのハートネットTVという番組で、「精神疾患の親を持つ子ども」という特集が放送されました。うつ病に代表されるような精神疾患・精神障害は、これまで当事者の症状の辛さや社会的な差別問題などがフォーカスされていましたが、近年になって「親が精神疾患当事者である」という人たちにスポットが当たり始めました。

なぜ今「精神障害の親を持つ子ども」が取り上げられるのか。その理由を探ると、精神疾患当事者を含めた「家族」という単位でのケアの必要性が浮き彫りになります。

 

子どもの感じる辛さ。2つのアプローチで解く

幼少期の家庭での記憶がその後の人格に影響を与えることは、すでに周知の事実です。
しかしその記憶に「親の心の病」という要素が挟み込まれることにより、子どもの心には大きな変化が生まれ、それが後々になって「生き辛さ」というかたちで姿を表します。

僕自身も父親が精神疾患を持っている「子ども」のひとりであるため、似た境遇の人々の話を見聞きしていくうちに「自分もみんなも同じようなことを感じている」ということがわかりました。

今回は自身が子どもとして感じてきたことと、同じ境遇の人々から聞いた話とを総合して話を進めていくにあたり、ここでは漠然とした言葉である「生き辛さ」を対人・対自分という2つのアプローチから具体的に分析してみます。

その前に強く断言しておきたいのは、「だから親が悪い」という結論は違うということです。この点についてはまとめの段階で触れることにします。

 

対外的な辛さ

今の社会において、対人関係で辛さを感じている人は少なくありません。しかし家庭内に心の病があるという環境要因は、一般論的に語られる辛さとはまた違った類の痛みを生むことになります。

 

1.「自分の家が普通でない」から生まれるもの

精神発達の性質上、多くの子どもは小学校高学年あたりの年齢で、自分の家と友だちの家を比較できるだけの認識力が備わります。例えば「◯◯ちゃんのお母さんはいつも優しい」「でもうちのお母さんはいつも怖い」といったように。

親の精神疾患を起点とする「自分の家が普通(友達の家)とは違う」という具体的な感覚はこの付近の年齢で生まれる傾向があります。

そしてこの感覚は子どもに大きな疎外感と孤独感をもたらすものです。

絶対安全圏としての家がその機能を果たせないことにより、子どもは安心できる場所を見つけることが難しくなるため、不安や孤独と戦わざるを得ない状況が生まれます。

 

2.誰にも相談できない。相談という考えすらないことも

対人関係における生き辛さの2つ目は、困っていても頼ることが難しいという点です。

誰かに困りごとを相談するという心理は、たとえば相手に対する一定の信頼から生まれるものです。次項で触れますが、精神疾患の症状の影響から、親の言っていることが昨日と今日では180度違うということも珍しくありません。

そんな状況の中で、子どもは「大人の言うことは信じられない」と感じても不思議ではないでしょう。こうして醸造された大人への不信は、ときに「他人への不信」に発展し、誰も信用できない・相談できないという「辛さ」に繋がります。

またたとえば周囲の大人に相談してみた結果、その大人が「親(の病気)のことは言わないほうが良い」と子どもに言ってしまうことも考えられます。

偏見は環境によって生まれるとも言いますが、精神疾患に偏見を持った大人からのこういった言葉は、子ども自身の内側に精神疾患への偏見を生み出す原因になります。

自分の親が他人からどう思われるかを知ってしまった子どもに、「誰かに相談しなよ」という言葉は簡単には届きません。

たとえ善意のアドバイスであったとしても、こういった言葉は子どもの逃げ道を塞ぐだけでなく、長い目で見れば偏見の解消を阻害することに繋がります。

 

内面的な辛さ

多感な時期の子どもには、あらゆる環境要因が良くも悪くも刺激となります。先に述べた対人関係における辛さも、もとを辿れば子ども自身の心に起因するわけですが、ここではより深く内面的な痛みについて触れます。

 

1. 安定しない環境、安定しない親の情緒

精神疾患・精神障害はその類型や症状も多種多様ですが、いくつかの疾患では情緒や言動の不安定さが特徴として挙げられます。少し前に「昨日と今日では言っていることが180度違う」と書きましたが、そこまで極端ではなくとも日によって親の言動が変わるのは日常茶飯事です。

症状には日や状態によって波があるため、どうしてもこういった状況は起こってしまうのですが、子どもは目まぐるしく変わる親の言動に翻弄されてしまうというのが現実です。

子どもの価値観や考え方の軸は親の言動などの影響を受けながら形成されます。親が不安定であれば子どもの心理も安定しないというのは当然の帰結であるとともに、学術的な経験則としても確立された論理でもあります。
安定しない環境で育ったことは、その後の自我や対人関係に多大な影響を及ぼします。

 

2.すべての原因が自分にある、という考え

当然子どもは精神疾患に関する知識など持ち合わせてはいません。なんだかよくわからないけどお父さん/お母さんの様子がおかしい、もしかしたら自分がなにか悪いことをしたのだろうか。
いつしかそんな考えが子どもを支配するようになります。

子どもは一定の段階まで発達すると、自分の行動と他人の態度が関係している場合があると理解できるようになります。
いたずらを親に黙っているという心理は、いたずらをした=親が怒ると理解できているからです。

ちょうど同じ理屈によって、子どもは親の調子が悪いのを自分のせいだと思いこんでしまうことがあると言えます。

あるいは誰か他の大人が「いい子にしていればお父さん/お母さんは良くなる」などと言うこともあるでしょう。慰めのように聞こえますが、こういった言葉は子どもにありもしない罪を背負わせる行為だと言わざるを得ません。

親の病気が自分のせいという考えは、やがてすべてを一人で背負い込み、自分を追い詰めることにもなり得ます。

 

心の病がある家庭。けれど誰も悪くなんてない

疾患当事者(ここでは親)の視点だけでは、その周囲の人々への影響を検討することは難しく、逆に子どもの目線からだけでは「親のせいで辛い思いをした」という責めるような文脈になってしまいます。

しかし考えておかなければならないのは、疾患で苦しむ人を責めることができるだろうか、ということです。
もちろん子どもの立場で被害者意識を持つのは無理もないことだとは思いますが、疾患を抱えながらも懸命に親として生きる人を責めることなど出来るはずもありません。

このような状況において、たったひとつだけ確かなのは「誰も悪くない」ということです。子どもも親も、双方がそれぞれの痛みや辛さを抱えながら生きようと奮闘している。この事実がすべてではないでしょうか。

これまで精神疾患のケアは当事者に特化したものが大半でしたが、ここに来てその周囲の人々、特に家族をも含んだ支援の必要性が認識されています。疾患自体は個人のものですが、それによる様々なハードルは個人が属する家庭全体の問題として捉え、より広い目線で「家庭」という単位での包括的なサポートが必要です。

 

参考文献:「子どものための精神医学」(著:滝川一廣)